キャメスのブラッシュアップで思ったこと中盤

私が過去を掘る意味があると思うとき

たとえば頭では、

「断っても大丈夫」

と分かっている。

それなのに、どうしてもNOと言えない。

相手は怒っていないのに、身体が固まるほど怖い。

もう必要のない関係なのに、見捨てられることへの恐怖で離れられない。

相手が変わっても、なぜか毎回同じような人間関係を繰り返してしまう。

本人自身も、

「頭では分かっているのに、どうしてもできない」

と感じている。

そんなときには、過去を振り返る意味があると思う。

過去を掘るのは、昔をひっくり返すためではない。

現在の自分を自動的に動かしているものの、取扱説明書を作るため。

「ああ、だから私はNOを言うことがこんなに怖かったんだ」

「今のこの人だけに反応しているんじゃなくて、昔の経験まで一緒に反応していたんだ」

そう分かったことで、過去と現在を切り離せることがある。

過去を変えるのではなく、

過去から現在まで持ち越しているものを見つける。

私は、そこに過去を扱う意味を感じる。

 

でも、現在から深く潜ることもできる

一方で、必ずしも過去まで行かなくてもいい人もいると思う。

たとえば、

「私は人に合わせすぎて疲れる」

という一つの言葉が出てきたとする。

ここで、

「どうして人に合わせるようになったんだろう?」

と過去へ向かうこともできる。

でも私は、その前に現在の「合わせる」を細かく見てみたい。

相手を大切にしたくて合わせているのか。

自分自身が、配慮のできる人でありたいから合わせているのか。

嫌われるのが怖くて合わせているのか。

何度も否定されたことで、自分を出すこと自体が怖くなっているのか。

全部、外から見れば同じ「人に合わせる」という行動。

でも、その中身はまったく違う。

そして本人と一緒に細かく分けていった結果、

「ここは私は残したい」

「これは自分が好きでやっている」

「でも、ここから先は苦しい」

「ここはもうやめたい」

と本人自身が分かることがある。

そして、

「じゃあ私は、これからこうしたい」

まで自分で選べるようになったとしたら。

私は、それも十分に深いカウンセリングだと思う。